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2003.6.10 日常日記

空虚な

はたと気付いたんだけど、僕はなぜこんな妙な義務感みたいなものを感じながら制作をしているんだろう? 

これは明らかに自分自身の自己満足のためだけに作品を作っているのではないということなのかな?
 誰かに作らされているという感覚? そうではない気がする。「大学の課題」という拘束力? それはあるかもしれない。でも、とりあえず作れば単位はもらえることは知っている。大学にいる意味? それはちょうど悩んでいるところだよ。いや、やめるつもりなんて無いけど…。

作らないといけない、なんてどういう義務感だろう。早いところ名声というか、外部的な評価を得たいとか? 実は就職したくてしょうがない無意識の存在? 作るんだと、まわりに言い出したから? 思いついたことをクチに出してしまった罪は深い? まわりの要求? でもなにも要求されていないぞ。まさに邪念。制作の支障になっている。

2003.6.9 日常日記

よりどころ。

少し混乱している。あまりに流動的に事が動くし、僕の気持ちもそれに左右されたりされなかったりしながらどんどん形を変える。

自分に自信を持つということは、これほど難しいことなのか、と思う。あらゆることに懐疑的になって、追求していったらきりがない。究極的に「お前はなんで生きてるんだ」っていうことになりそうだ。自分のよりどころみたいなものを、どうも見失っている。

最近ドキュメンタリー作品を見る機会が多い。彼らはよくも、作品を最後まで作り上げることができたなあと感心する。彼らのよりどころは、一体なんだったんだろう? それともよりどころなんてなくて、常に追い詰められていたのかな。