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2003.7.20 日常日記

海へと

夜、突然海に行くことになる。もともとどうして会うことになっていたのか今は思い出せないが、とにかく会ったら海に行くということになった。

ところが今日は調布の花火大会のせいか道は混んでるし、夜に地図もちら見で適当に車を走らせるものだから道も迷う。夜、まわりは田んぼで街灯も無いようなところで道に迷うとかなりあせる。

深夜12時前くらいに、七里ガ浜に着く。海は荒い。意外に人が多い。誰かが海に足をつけてきゃっきゃと騒いだり、気まぐれに花火をしてみたり。僕らは砂浜に出て、ただ海と波を見つめる。夜の海の、遠くのほうを見ていると、海と空の境も曖昧で、吸い込まれるような闇が広がっている。見ていると立ちくらみみたいな感じになる。

僕はいま考えごとができない。考えずに済むことしかできない。そうしている間に時間は過ぎていって、取り残されるような気がしてならない。

2003.7.17 日常日記

目がまわった。

ぼうっとしながら考え事をした。小4の少女がふらりと消えて、当日に捜索願いが出されたという。僕がふらりと消えたら、どうなるか。

まあ男ということもあり、実際にあまり家に帰っていないから、せいぜい一週間は気付かないだろう。一週間を超えたあたりで、どうもおかしいと感じ始める。両親はまず捜索願を出すだろう。両親は僕の人間関係についてほとんど知らないから、大学に連絡したり、バイト先に連絡するといったかたちで上から上から僕を探すだろう。限りある地元の友人は、僕のことをそんなに知らない。両親よりおそらく敏感に察知し、動き始めるのは恋人だろう。恋人は僕の人間関係をある程度把握しているから、下から下から僕を捜索することになる。

さて、僕はどこへ消えたのか。

結局それは、どこでもよかった。それは家の近くの明かりのない公園でも良かったし、ヨーロッパの山中にある誰もいない草原でもよかった。まあどこへ行くということは関係ない。とりあえず、僕は家に泊めてある車のトランクの中にひとり忍び込むことにしよう。井上陽水も「探すのをやめたとき見つかることもよくある話で」と歌っているし。

 トランクの中ですることは、とりあえずこんな気分のときに歌う歌を、声を出さずに歌うことである。これは僕はとても迷った。いくつか歌ってみるが、どうにもしっくり来ない。愛の歌か、死の歌か。食べたピザが辛い歌か、日曜日の放水の歌か?とにかく分かっていることは、トランクに入った以上は開けてもらわないと出られないことだ。いなくなって嫌な思いをする人は少ないだろうが、僕は昨日飲んだバニラコーラがあまりおいしくないということを誰かに言っておきたかったと悔やむ。