keisukeoosato.net

2006.6.6 日常日記

睡眠問題

とにかく眠い。季節の暖かさもあるだろうが、この「睡眠問題」は、僕の生活の重大な問題になっている。いろんなところで寝過ぎる寝過ぎると言っているが、昨日などは20時間以上寝っぱなしだったし、生活も不規則すぎて意味が分からない。がんばって朝早く起きようと思ったら3時とか4時とかに起きたりする。それは早起きすぎだ。それでうっかり昼寝でもしたら、夜11時に起きたりする。なんだ、それは。

ルームシェアのづけし君が言っていたのでおもしろかったのは、「夜は引っ張る力が強い」。どんなに朝型の生活をしていても、結局夜に引っ張られてしまう。だんだん夜型になってしまう。意識しないとだんだん狂ってしまう。

問題なのは家で仕事をしているので、朝起きることに関して何も強制されていないという状況だろう。かといって僕は朝定時に起きることが生活上かなりストレスになる人間なので、ま、この状況は幸せでもあるのだが。それでも夕方起きてしまうくらいなら、まだ許せるものがあった。しかし目覚めてテレビつけたら筑紫哲也が多事争論とかやっていると、これは相当堪える。これから、起きている時間をどう過ごそうか、真剣に悩む。それで、何も意識しないと、強制的に”今起きたということは、今は朝なのだ”と思い込ませ、トーストを焼いてバター塗って食べたりするのである。

絶対にはずせない昼からの予定なんかがあると、それで元通りになると期待を抱いたりするが、実際は起きれないことが怖くて、眠らないという選択肢をとることになる。寝てしまうと、ドン・キホーテで買ったリンリンうるさい目覚まし時計に気づかなかったりするから危険だ。昨日は20時間くらい寝た挙句、午前1時に目が覚めたので、ずっと起きている。だから眠い。

人間が”寝だめ”できるようになったら良いと本気で思う。寝だめできたら、僕はかなり長い間眠りこけて、それから数日間起きっぱなしで仕事などをやっつけてしまう。それで酒を目一杯飲んでまた数日寝る。これは僕の生活サイクルに合っている気がする。ただやりすぎると、こち亀の日暮くんみたいに4年に1度しか起きなくなりそうで怖いな・・・。

2006.6.2 日常日記

そっくり

はい、何をどうやっても夜19時半に起きてしまう大里です。割と深刻に悩んでます。寝すぎなんですよ、ふつうに14〜15時間くらい寝てしまう。困ったものです。

あの武蔵野美術大学油絵学科の非常勤講師の方の絵が、イタリアの画家の絵にそっくりという事件が話題ですね。僕も似てるなぁ、と思いながら見ています。しかし「鬼の首を取ったり!」という感じの報道を見てるとなんだか落ち込むのもまた事実です。まあイタリアの画家とか、賞を授与した文化庁、所属している国画会が怒るのは、分かるんですが。基本的に似てる似てない、パクリだパクリでないと騒ぐ根底に存在する「正義心」らしきものって、どこから生まれてくるんだろうと思うことがあります。いろいろ考えると、やはり美術教育の部分に重大な問題があるんでないのかと思ったりします。

まぁ今回の絵は、真似されたほうが怒っているし、そういう意味では問題あると思いますが、似てる似てないとかいう正義感から派生する”表現的な規制”って、表現活動にとって、ものすごく重大な損失だと思ったりするわけです。だからこの種のニュースが出てくるとものすごく気になります。昨年の4月に朝日新聞に掲載された、近藤康太郎氏の「オレンジレンジの元ネタ論議」というコラムの一部を最後に引用してみます。

「…『作品』が『作者』へ帰属しなければ落ち着かないという心性は、近代小説以後の、新しい受容のあり方なのだ。<中略>曲を数値化し、『何小節分のメロディが同じだから盗作』と決めていったら、ポピュラーでいい新曲などもう出ないのではないか。せっかく目の前で歌っているのに、その節回しやセンスより、『作者は?』『元ネタは?』とつい考えてしまう耳のあり方は、『近代』の思考の枠組みにあまりにとらわれているからではないか。」

まぁこのニュースでこの話に展開するのは無理があるのは承知です…(笑)