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2008.9.10 日常日記

オールドファッション

古いアルバムなんて買って聞いてみると、背筋が震えるほどの興奮を覚えることが多いわけで、それはもちろん、長い歴史の中で生き残ってきた名盤の数々なのだから、良いものに当たりやすいのは当然と言えば当然の話。本も写真も美術も全部そう。それは決して新しいものを背を向けているということではない。ある人に「どういうのが好きなの?」と聞いたら「古いものが好き」と毅然として答えられて、そのときは何て漠然とした答えなんだろうと思っていたが、なるほどその意味は分かる気がする。

「もっと早く知りたかった」と思うことがある。それが1968年のものなんだったら、別に1997年に知ったって良かった。しかし僕は2008年に知ってしまった。後悔してもしょうがないのだが、後悔する。「でもそれが君にとっての最新アルバムなんだよ」なんてクサいことを言われて、ああそうか、なんて思いながらも、やっぱり後悔する。もっともっと早く知りたかったよ。でもたとえば、1968年生まれのとても価値観の合う人と、僕は1997年に出会っても不思議ではなかった。しかし結局2008年に出会って意気投合した。それと同じな気もする。というか、同じだろう。

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友人からメールが来た。「携帯解約のお知らせです」というような用件だった。訳があって携帯を破棄することにしたので宜しくお願いしますということだった。とりあえず知らせてくれてありがたかったが、代替連絡先の表記は無かった。どう宜しくすれば良いのか。事務的な文面だったが、携帯電話から離れられる喜びというか、解放感のようなものを感じた。これはちょっとうらやましいな、と。それをしたら、やっぱり仕事では困るかもしれない。いやかなり困る。実際にそういう人がいて、公衆電話から電話をかけてくるのだが、架け直せなくて困る。そういえば、携帯電話が無い頃、待ち合わせってどうしていたんだろう。誰かと飲んでいて、「アイツも呼ぼうぜ」なんて話になるのは、携帯普及後の現代的な現象なんだろうか。考えると、携帯電話は確かにありがたい。でもありがた迷惑という言葉もあって、先の友人は、その「ありがた」と「迷惑」の勝負で「迷惑」が勝ったんだろうか。実はさいきん、僕もそう思うことがあるので、気になった。

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僕は転校生で、絵を描くのが少し上手だった。だから、転校したときの自己アピールの手段として、絵を用いた。絵が上手だと、とりあえず人が集まった。上手なだけだと飽きられるので、面白いものをつくろうと思った。それが積み重なって大人になった。僕にとっては創作とはつねに手段なのだと思う。ところが手段だけでは創作ができない。だから僕はずっと創作ができていない。創作的な仕事をしているがあれは本質的な創作とはまったく違う。誰にも見せない絵というものに興味がある。ヘンリー・ダーガーがどうして死ぬまで誰にも見せない絵を描き続けていたのか興味がある。創作とは何なのか、僕は短い人生のなかで、そのある一部分しか体験してこなかったのだと思う。手段としての創作なんて、創作界の限りなく小さな一部分なんだと思う。僕の目の前に粘土が置かれたら、とりあえず何かを作るだろう。いまはそういう作業をしたい。

2008.7.14 日常日記,映画

インディジョーンズ クリスタル・スカルの王国

インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国 スペシャル・コレクターズ・エディション(2枚組) [DVD]

大学の友人たちと「インディジョーンズ クリスタル・スカルの王国」を見に行ったのだが、期待以上におもしろく、えらく興奮してしまった。子どものときに興奮した映画は、やはりアクションものであったり、冒険ものであったりするわけだけれども、大人になるにつれて、そういったものを見た時のわくわく具合というのが、少しずつ減少してきているなあと、自分の感性にややがっかりしていた最中のできごとだった。

その「わくわく感の減少」というのを、僕は自分の内的な問題だと思っていたんだけれど、今回インディジョーンズを見て、いやこれは、単純に作品の品質の問題なんだなあと思った。おもしろい作品はいつまでもわくわくするし、そうでない作品はいつだってがっかりするのだろう。もちろん、見るタイミングとか、そのときの気分の問題というのも大きいのかもしれないけれど。

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サイダーはいろいろあるけど、僕はやっぱり三ツ矢サイダーが一番好きだ。仕事中の飲み物として、他のもいろいろ飲んでみるが、何かが足りない。三ツ矢サイダーの素朴な味わいは、ほかの炭酸飲料水とは一線を画しているものがあると思う。最近そんな三ツ矢サイダーのグレープ味が売られていたので買ってみたが、グレープ味になってもやっぱりおいしい。同時にファンタグレープも買い、比較しながら飲んだのだが、三ツ矢サイダーの場合は、そもそも「水がおいしい」という印象だ。これから夏も本番だしますます手放せないだろう。

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あらゆることにおいて、思い通りにいかないことは多い。たとえば制作においては、思い通りにいかずにできあがったものを見て、「これは自分の作品ではない」と思い、そうだいつかは、自分の思い通りのものを作るんだ、などと意気込んだりする。ところがその意気込みが自分を苦しめ、疲れてしまい、ますます思い通りにならない。そういう中で、「思い通りにならなかったもの」に対する認識が、最近変わってきた。つまり、結局はそれも自分なのではないか、ということを考えるようになった。そう思うと、逆に、思い通りでない仕事にも打ち込むことができるようになった。

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すこし前から夢日記をつけていて、それをダメ工房員よっつに話したら、「それは良くない」と言う。なぜ? と聞いたら、「それやってると、夢と現実が交錯してわけが分からなくなるよ」ということだった。そのときは話半分だったが、ここ一週間、たしかに夢と現実の境目がよく分からなくなっている。あれは果たして夢の出来事だったのか、現実の出来事だったのか、分からない事象がちらほら出てきている。夢日記はやめよう。

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そんなダメ工房員よっつが監督した短編映像が、このほど完成した。

詳しくは前回よっつが書いたこの日記を参照してほしい。

僕は録音と、一部アニメーションの部分で参加させてもらった。うまくいかない箇所が多く、足を引っ張ったかもしれないと後悔したりしたが、仕上がりを見ると、僕のミスもうまくカバーされていたようだった。安心した。作品自体もクオリティが高く、おもしろいものに仕上がっているのではないかと思う。

7月17日までは無料で見られるそうなので、もし興味があれば是非ご覧ください。

『春のシオンで』監督:吉村真悟 [短篇.jpルーキーズ]