keisukeoosato.net

2001.8.15 日常日記

広島市内探索・食の旅路

広島市内にあるお好み焼屋が並ぶ「お好み村」に行った。広島では、お好み焼きはれっきとした食事であって、主食として食べられるのである。

そこに行く途中のえびす通りで、地元では誰もが知っているという「広島太郎」なる人物を見た。チェックのハデな袋を30個くらい体に巻いて歩いている、ホームレスだ。強烈な容姿で確かに1度見たら忘れられない。

広島太郎に関してはさまざまな人から噂話を聞いた。いわく、実は大金持ちだが敢えて自由を求めてああいう生活をしてるんだとか、ある日に外車を乗り回しているのを見たとか、昔は●●という会社の社長だったとか、先日は肺炎で入院したらしいとか。うわさ話だけでパーソナリティが確立されている。

お好み村では、ネーミングの良さで「水軍」という店に入った。狭い店内に、3人ほどの店員が、汗をだらだらたらしながらせっせと手際よくお好み焼きを焼いている。ひとりで10枚くらいの面倒を見ていたが、あれはなかなか神技めいている。僕もバイト先の創作居酒屋で韓国風お好み焼きを焼くことがあるが、せいぜい4枚が限界だ。焼く動作も速い、手の動きが洗練されていて美しかった。僕はいちばん高い「全部乗せ」を頼んだ。厚さにして4,5センチはあった。おいしかった。

その後、広島城に行くと、城の門のあたりに、ひとつだけやけに垂れ下がった木を見つけた。枝がすべて下の方向に向けて成長していて、ちょっと気味の悪い木だった。近づいてみると、ひとつの立て看板、「被爆樹木」。広島に落ちた原爆に耐えきった木なのだそうだ。そう聞くと、この木の奇妙なうねり具合と、新しく生えてくる枝の方向の下向きなのが、原爆の威力というか恐しさを感じさせる。圧倒されながら、しばらくずっとこの木を眺めていた。

2001.8.13 日常日記

夢の跡

新横浜から、9時23分発の新幹線に乗り込んだ。みっつならんだ席で、通路側の席だった。窓側のふたつは、新横浜から乗り込んだカップルが座った。

音楽も持っていかなかったので、かなり暇だった。窓を見ようにも、カップルがあんなことやこんなことをしていて目をそむけなければいけなかったので、真っ直ぐしか向けなかった。席を倒そうにも、うしろの席にヤクザの親分みたいなのがビール5,6本置いてガハハハと笑っていたので倒すに倒せなかった。

だからかなり疲れる姿勢で考え事などをしながら4時間半を過ごした。よく考えればこんなふうに時間を過ごすことなど滅多に無かった。

降りかえるとあっという間に広島駅に着いた。迎えに来てくれた親友とは、10年ぶりの再会。しかし何も変わっていなかった。広島駅自体が全然変わってなかった。ありきたりな表現だが、まるでタイムスリップしたかのようだった。

それから、僕は新井口という駅に向かった。ここは僕が3歳のときから幼稚園を卒園するまで過ごしたところである。おたふくソースの工場がある駅です。

そして、今回の目的のひとつである、「自分の夢に出てくる場所をビデオに撮る」ということをした。つまりそれは、自分の中での、精神的な基盤になっている場所であることを意味している。

懐かしき住居や、幼稚園、公園、道、すべてを撮りつつも、意外なことに夢に出てくるのはそういうところだけではなかった。自分とはまったく関わりのない建物や、1回も使用したことのない(はずの)バス亭、遠くに見えるマンションの倉庫、知らないひとの家の庭、なぜにこんなところの夢を見るのか、不思議でならないようなところばかりだった。

これらは、僕にとってなんなのだろうと思った。夢でいつも歩いている場所(それもどこだか分からない場所)を、実際に歩いてるというのは、魅力的というより、むしろ僕を混乱させた。