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2002.12.12 日常日記

イマジネーション

多機能携帯にはあまりいいイメージを持っていない。

昨今、暇つぶしの道具が増えた。電車の中の暇つぶし道具は多い。暇つぶし道具が増えるとはどういうことかというと、それはつぶされる暇が増えるということである。

暇が減るということは、ぽかんとなにかを考える時間が減るということを意味している。ぽかんとなにかを考えるとは、つまり想像するということである。想像は人それぞれだが、暇があればあるほど、その想像はおそらく拡張していくに違いあるまい。

野坂昭如が、近年少年犯罪が増加していることの背景として、「想像力の欠如」を挙げていた。つまり、なにかコトをしでかすときに、そのコトをしたらその後どうなるのかという想像力が働かないために、彼らは犯罪へと行動を移してしまうのだというのである。この考えは、一理あると思う。確かに、もし想像力を複雑に展開することができるのならば、おそらく小さな犯罪においても、その後自分に跳ね返ってくる反動やら悪影響やらといったものに気づくことができるだろう。もし想像力に乏しく、かつ容易に展開することが難しいときたら、そこには短絡的な結末しか生まれて来ないのではないか。

例えば暇な時間ができて、それを埋めるための便利な道具がなければ、やはり人は想像をして時を過ごすだろう。それは想像することの訓練になるし、もしくはその想像で解決される問題というのもあるかもしれない。想像することで彼らが抱えるストレスを少しでも発散できて、その憤りが実際に現実化することも食い止められると考えれば、やはり想像する時間を増やすことは大事なのだと思う。

でも便利で楽しいものに人が転がっていくのは当然のことで、携帯にゲームがつけばそれに夢中になるひとが多くなるのも、まぁしょうがないことだ。ただやはり、どんな商品がこれから出たとしても、想像することよりもおもしろい暇つぶしというのは、無いと思う。