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2001.7.23 日常日記

お料理と表現

絵画の授業やってたとき、講師が「味のわからない人は、芸術表現はできない」と言っていた。だから「料理をつくったり、おいしいものを食べ歩いたりしろ」と。そのときは、また極論だなあと思って聞き流していた。ところが、きょうバイト先の創作居酒屋でまったく同じこと言われた。ほぼ初めてに近い形で串焼きを焼いていたのだが、どうしてもうまく焼けなくて、そのときに言われた。

肉を串に刺して網に乗せるだけの料理が、ここまで神経の使う難しい料理だとは思わなかった。ちょっと焼きすぎると固くなりまずくなるし、だからって早く焼くの止めると生だし、ベストな状態というのはほんの数秒での見極めで決定される。そしてそれは、すべて自分の感覚に委ねられている。たしかに表現にも同じようなシチュエーションがあるのかもしれないと思った。

自分の感覚に対して自然でいられるのは、簡単そうに見えてどうやら難しいことのようだ。自分がこの肉は焼きごろだなと感じた時に、その串焼きを網から離すのは、自分の感覚に対する絶対的な自信と、経験がなければできない。そのためには、もっと自然にならなければ、と思う。そうすれば、感覚はもっと鋭敏になっていくのかなあと。そして、自分に対して自然な姿勢でいること、しかしそれはやはり、意志によって成しうることなのである。