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2006.12.6 展覧会,日常日記

ビル・ヴィオラ「はつゆめ」展

こんにちは。ついに風邪引いてしまいました。
連絡とれなかった方すみません…。

ダメ工房の「創作喪中はがき展」ですが、来週くらいにniftyのデイリーポータルZで紹介されるようです。あまり見たことありませんが(電話のバイトのとき、暇つぶしに見てた!)、結構大きなサイトですよね。ありがたいことです。

先日、森美術館でやっていたビル・ヴィオラの「はつゆめ」見に行きました。

ビル・ヴィオラはこれまでちょこちょこと見てきましたが、ここまで一気に展示されると圧倒される! 素晴らしい。あまりに素晴らしくって、普段は買わないカタログまで買ってしまった。だけど、ビデオ作品のカタログ、冊子で買ってどうするんだろう?!

作品は、人間をビデオで映して、それを超スローモーションにして、壁に立てかけてる感じである。彼の作品はヴィデオ・アートと片付けられるが、どちらかというと、「壁に立てかけてある”絵画作品”」である。それが動いている、という構図である。

フツーの人物写真がある。しかしやっぱり、どこかおかしいと思う。何か生き生きとしたものを感じる。しばらく他の作品を見た後、また戻ってみてみると、ほんの少しだけ表情が変わっていることに気づく。やっぱり生きているのだ、と思う。キャプションを見てみると、1分間のポートレイトを80分くらいに引き伸ばした作品だということが書いてある。

ある意味、それが仮に”動かなかった”としても、成立するであろう作品なのだ。しかしやっぱり、それは動いているからこそ、動かなくても成立する、と感じられたのだろう。何かの変化を察知したからこそ、「どこかおかしい」と感じたわけだし。

うまくいえないけれど、人間の意識が”時間”というものをなかなかうまく捉えきれないのは、思っている以上に時間というものが早く過ぎていくからなのかな、と思う。1分を80分に引き伸ばしてようやく、動きや時間というものを体感できる。もっと遅くしたら、もっと体感できるのかもしれない。人間の神経や体質的な部分では、身に降りかかる色んなことを、ものすごい速度で処理していっているのだろうけれど、意識はそれに追いつかない。だから、時間をうまく捉えきれない。

だから、突然人が横から鉄砲水を浴びせられるのをスローにした作品では、人間は一瞬の間に、ここまで豊かな表情を見せ、襲い掛かる水に対して細やかに対応しているのだなぁと発見することができ、その発見に感心させられる。

映像というのは、確かに”時間”という概念が入ってくることが、メディアとしては特徴的な部分である。ふつうはその特性を利用して、何かほかの、違うものを表現しようとする。しかしビル・ヴィオラは、映像の持つ”時間”という特性を利用して、”時間そのもの”の実態に迫ろうとしている。非常に興味深い作家さんです。