霊柩車の誕生
さいきん、「霊柩車の誕生」という本を読んだ。
霊柩車の誕生を社会学的、民俗学的に読み解き、さらにはそのデザインを芸術史、建築史の観点から紹介している。これはすごい本だ。まさにマニアック。著者には失礼だが、僕の人生テーマである「一生懸命バカをやる」をまさに体現しているのである。きっとこの人は数年後自家用霊柩車を買うだろう。
この著者の井上章一という人の、霊柩車に対する情熱は並大抵のものではない。周囲からは「霊柩車の井上」と呼ばれているらしい。僕だったらそんなあだ名は絶対に嫌だ。
しかし確かに、霊柩車とは気になる存在である。気にならない人は決していないと思う。だってあんな派手な車、無いもん。ここで著者は「霊柩車のポルノグラフィー」について語っている。すなわち、現代人は死者を直視しようとせず、隠そうとする傾向にある。霊柩車はこの流れを汲んで決して死者は見えないのだが、中に死者がいるということを決定的に暗示している。つまり見えないのに見えているのである。こうすることにより、秘所が持つ価値を上げているということらしい。エロティシズムにおける、隠すからこそ見たい、見えているものは価値が高いというのと同じである。見えないからこそ格式高いのである。
そんなこんなで、意図せずして、霊柩車にめっぽう詳しくなってしまった。
