リトアニアへの旅の追憶

僕はWEBで日記を書いているけれど、書き続けることの重要さをよく感じる。なんにも無かった日に「何も無かった」と書くだけでも、たとえそれが10日続いたとしても、書き続けることは大事だと思っている。そのうちに、言葉がだんだんと自分の体の一部のように溶け込んでくる。それはいずれ日常になり、顔を洗ったり、うんこをしたりするのと同じように、僕は心の奥底のつぶやきを言葉にする。
けれど、日記というのは、きっとその日その日にはそんなに価値が無いのかもしれない、と思うことがある。昨日思ったことは今日覚えているし、そしてそれは当たり前のことだし、当たり前のことというのは大抵見えないうちに通り過ぎていくものだからである。だけど、たとえば十年後、十年間出し続けたうんこが勢ぞろいして、くじらを入れるような水槽にたっぷり詰まっていたら、感動するかもしれない。それは、個々のうんこへの思い入れを超えて、その多大なる蓄積に、さまざまな思い出が駆け巡り、現在の自分というものを介して、何か特別な解釈や意味を与えることになるからだ。
この作品は、要するに、ただの日記である。21年間も蓄積した、僕なんかは初めて顔を見る、西洋のおじさんの日記である。言い換えると、21年分のおじさんのうんこである。彼は映画が好きだったから、紙に書く代わりに、21年間、フィルムで日記を撮り続けた。カメラを立たせて、笑顔の自分を撮っているくらいだから、ほんとうにプライベートな代物だ。しかし、21年分のうんこをなめてはいけない。僕は、うんこ味のカレーはなめられるけどカレー味のうんこはなめられない。それは関係ないけど、この蓄積は伊達じゃない。
例えば、亡命してアメリカに逃げ込んだ彼が、数十年ぶりに祖国リトアニアに帰って母と対面するカットがある。対面するといっても、もうよぼよぼになったお母さんが、カメラの前で恥ずかしそうにしているカットである。通常ならこんな大事なシーン、長々と入れてしまいそうだけど、なんとものの5秒くらいである。セリフも無い。こんな重要なシーンが、かなりそっけない扱いだ。カップラーメンのふたを開けている間に終わってしまう。
では、このカットはあってもなくてもいいようなどうでもいいカットだったか?心に焼き付かれることなく、見過ごしてしまうような些細な光景だったか?いや、それは違う。僕はむしろ、この徹底的な短さに、想像もつかないほど果てしなく長いブランク(母と会えなかった時間)を感じてしまう。・・・今までが長すぎたのだ。だから、その瞬間は、いとおしいくらいあっという間に過ぎる。この短さ、そっけなさが、むしろその裏側にあるものを大いに想像させる。
日記というのは、もちろん、その日その日の感性で、その日その日の視点が刻まれるものだと思う。これは、紙でも映像でも同じだろう。しかし、映像は構成される。その構成をするのは、「今」である。(もちろんその「今」は過去だけど)。つまり、この作品には、そのときの時間と、「今」という時間が同時に流れている。昔の映像を振り返っている、ある西洋人のおじさんの顔を、くっきりと感じることが出来る。
リトアニアでの母の映像のバックで、「もう一度、ママに会いたい」と彼はナレーションを吹き込んでいる。そこには、母の料理をつくる手つきや、ミルクをバケツに汲む腰のくねりを見る彼とは、違う視点の彼が、同時に存在している。きっと、編集しているときは、彼はリトアニアを離れ、アメリカの編集スタジオで、ひとり母親のフィルムを眺めていたのかもしれない。そして、このよぼよぼのお母さんに会えたのは、これが最後だったのかもしれないと、切ない気分だったのかもしれない。
そのことを考えると、数秒で切り替わる、しかしじっくりと描かれた母の一挙一動が、とても彼にとって大事なものであるということが余りあるほど伝わってくる。撮影されてから編集までどれだけの時間が流れていたのか分からないけれど、これだけの長い間降り注がれている「愛」というのはデカイ。果てしなくデカイ。うんこの話を最初にしておいて恥ずかしいけど、でも本当にそう思う。
彼は作品の後半、自分を亡命に追い込んだ戦争に触れて、いやもっと世の中は平和であるべきだというようなことを言っている。昔自分が居た施設の子供を映して「子供たちよ、走れ。かつて自分がそうしたように」と励ましの言葉を贈る。そういうことを言う言葉だけを取り上げれば、割とありきたりなことを言っているのかもしれない。だけれど、これらの彼のメッセージには強い説得力がある。それは、作品の中盤までに注がれた、母親への愛や、その有り難さについて、充分すぎるほど表現しているからだろう。僕にとっては、これは、ただの日記映画を超えて、ひとつのメッセージになっている。まさに、長い蓄積の成果といえるだろう。







