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2004.8.18 映画

華氏911

華氏 911 コレクターズ・エディション [DVD]
マイケル・ムーア監督の「華氏911」を見に行った。「華氏911」といえば、最近のカンヌ国際映画祭最高賞パルムドール、国際批評家連盟賞ダブル受賞した、超話題作である。

僕は昨年、ムーア監督の前作「ボウリング・フォー・コロンバイン」には、相当な衝撃を受けた。僕のこの作品の感想についてはこちらを見ていただきたいわけだが、まあその強烈な影響を受けて、自分までドキュメンタリーを作ってみたりしたわけで(こんな作品)。そんな彼が、いよいよ9・11〜イラク戦争までをぶった斬るというのだから、これは見に行かないわけにはゆかなかった。

8月某日、恵比寿ガーデンシネマに着いたのは昼だった。今回は上映回数を増やし、二つのホールで同時に同じ作品を流すという周到さだったにも関わらず、すでにほとんどの回が満席で、夜のチケットしか買えなかった。そんな雰囲気すら、前作の興奮を呼び起こしてくれた。

しかし、まあやはり期待が大きすぎると、実際よりも小さく見えるのか、見終わった僕の一言目は、

「う〜ん、微妙…」

これから見る人には大変申し訳ない話なのだが、上映が終わったあとの会場は、異様に冷めていた。誰かが端のほうで拍手しだしたが、数人だけの、しらけ拍手で終わってしまった。ほんとうに、カンヌでは、25分もスタンディングオベーションが続いたのだろうか、そんな疑問さえ抱いた。

しかし、僕も制作者の卵の卵。「微妙」で終わっては、意味がない。僕は僕なりに、この作品はなぜ微妙だったのか、なにが失敗だったのか、考えてみる必要を感じた。

というのも、この作品の基本的な主題や、表現や、構成は、ほとんど「ボウリング・フォー・コロンバイン」と同じだと思ったのである。同じようなつくりをしておきながら、「ボウリング・・・」は鳥肌が立つほどの興奮を覚えさせ、「華氏911」は、「まぁ、そういう考え方もあるよネ」というレベルで終わってしまっているのだ。この違いは何だろうか。単なる、前作の個性に埋もれた結果だろうか。僕はそうではない気がする。「華氏911」は、「ボウリング・・・」と似ているようで、なにか根本的な部分が異なっていたようにも思ったのだ。

今回の主題をおおまかにまとめると、「9・11を発端にするイラク戦争は、『人々の恐怖を煽って金儲けすること』が目的である。金持ちは富を占有してウハウハなのに、貧しい人たちは戦争に利用され、最も残酷な仕打ちにさらされている。そんな戦争、おかしいとは思わないかい?」ということだろう。

作品は全体を通して、イラク戦争の不幸の元凶をブッシュに求め、徹底的なブッシュ批判を展開する。さまざまなテレビメディアに載るブッシュ映像と、独自のリポート結果を構成しながら、時にはダルく、時には笑いもとって、巧妙に主張を進めていく。こうした手法は、もはやムーア監督の真骨頂とも言えるだろう。

さらには場所をクウェートに移し、激しいパンクを聞きながら人殺しの興奮を声高に語るイカれたアメリカ兵や、無関係に爆撃された母子の遺体を前に泣き叫ぶイラク人、派兵した息子が戦死することで考えの変わるアメリカ人のお母さんなどの映像は、この戦争の欺瞞性を十二分に伝えてくれる。誰かが言っていた「人間が歴史から学ぶことは、人間は歴史から何も学んでいないということである」という言葉も、僕の頭にかすめた。

そういう意味では、結構感動できるし、また考えさせられる作品なのだ。言いたいことの筋も通っているし、そのための表現だって申し分ないように思える。

しかし足りない。どう考えても物足りない。見終わったとき、分かった。

マイケル・ムーアが居ない。

マイケル・ムーアが完全に脇役になっている。

宣伝広告には、うまいコピーで「主演:ジョージ・W・ブッシュ」なんて銘打ってあったが、確かにこの作品はブッシュが主演といってもいいかもしれない。そういう露出度の高さである。しかし、ブッシュの映像は、すべてテレビ映像から拝借したものである。そこにムーア監督の存在は見えない。前作の「ブッシュ」的存在、チャールトン・ヘストンは、テレビ映像での出演がほとんどだったが、最後には監督とガチンコで主張をぶつけあった。今回はそういうイベントも無い。

唯一見せ場としては、「愛国法」を一条から馬鹿でかいスピーカーで読み上げて町内を回ったり、上院議員に「あなたの息子を派兵しませんか」と呼びかけるシーンがあって、すごく良いシーンだったが、あれでは少なすぎると僕は思うのだ。

僕がきっと見たかったのは、巧妙に並べられた映像にうまいアナウンサーがナレーションを吹き込むことではなくて、「アホでマヌケなアメリカ白人」の一員であるマイケル・ムーアが、自分の信念のために、全編を通してアクションを続けていく、その姿だったのではないか。つまり、「主演:マイケル・ムーア」の文字が、この作品には必要だったと思うのである。