2009.7.30

夏/冬

ひさしぶりのロケはやや遠方で行なわれた。何回目かになるけれども、前夜ほぼ眠れないというくらいに緊張した。あまりの暑さにキャストやスタッフが倒れてしまうのではないかと心配で、意味が無いかもしれないけれど、ロケハンのときに神社にお祈りをした。当日は雨だった。ところが、雨は雨で問題が発生する。撮影中も、撮影後も、いろいろと困った(困っている)。ただ以前と少し違うのは、前は困ったなと思ったときに、困ったと表現する余裕すらなかったことだ。今は「困った」と言える。今回の収録で、そのことの大事さを思った。なにが撮れたかは置いておいたとして、みんな健康に帰宅できて良かった。写真はロケ当日の控えスペース、笑顔のアヅマさん、このときはまだ晴れだった…。

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先日終了した、原美術館の「ウィンターガーデン」展。終了日に滑り込みで見に行った。

これは何年か前に水戸美術館でやっていた「マイクロポップ」展のその後、という感じの展示。マイクロポップというのは、美術評論家の松井みどりさんという人が言い出した、昨今の日本の現代美術の潮流みたいなもので、まあ僕なりの解釈でざっくりというと、みんな引きこもって、自分の半径数メートルぐらいの近いところから主題を見つけて、それを表現する人たち、というような感じだと思います。(強引すぎる?)

会期終了日ということで、たまたま松井さんがいらして、お話をされていたんだけれども、内容は聞いていて気分の良いものではなかった。うまく言えないが、小難しい言葉ばかりを並べている。目の前にあるのは、数分で描いたような(時間かかったかもしれないけど)、単純な作品ばかりなのに、哲学者の言葉を引き合いにしてどうだとか、現代社会におけるナンダカンダとか、そういう話をしている。僕は別にドローイングとか、そういうラフなのが悪いと言っているわけではなくて、それに小難しい言葉を並べて大上段に構えるという、その感じがどうもイライラする。ここは美術館だし、しょうがないのかな。

たぶん、今回の展示は、美術とか一切興味の無い人を連れて行ったら、「どこが良いの?」という感じなんだと思う。たとえばロスコの絵なんかは(これもたまたま先日見に行ったので例に出すのだが)、ただベタッとペンキが塗ってあるだけだけど、でかいしインパクトがあるので、興味の無い人でも「ハハァ〜ン」となる。でも、今回みたいに、どう考えても絵が下手な人たち作った落書きみたいな作品を見て、たぶん、一般的には、どう思っていいのか分からない。だから、展示している側としては、言葉が必要なんだとばかりに、一生懸命な説明があるのだろう。僕にはそれがうるさかった。落書きは落書きとして楽しめばいいんでないのか。

単純に彼らはただ、趣味的に作ってるだけなんじゃないのか(それが良いとか悪いとかという話ではないです)。すごく怒られる言い方になるかもしれないけれど、いわゆるアウトサイダーアート(障害を持った人とかの作品)を再現したいんじゃないかなぁと思った。何にも考えないように(考えてるのかもしれないけれど)ふらふらっと色えんぴつで線を引いたり、ただ何となく布を縫い合わせては、美しいわけでもない構成をしたり、好きなアニメの感じで中学生みたいなポスターを描いたりしている。ヘタウマというか。それ以上の意味は、特に無いんじゃないだろうか、と思った。そこに無理矢理、美術史的な意味とかを持ち出されると、違和感を覚えてしまう。

作品を見た人の感性だけに委ねると美術評論家の存在意義は無くなってしまうのかもしれないけれど、でもやっぱり、美術の評価って、ああ良かったぁ、とか、面白かったぁ、とか、ひっくり返ったぁ、みたいなことがスタートなんじゃないか。最初から「このドローイングはシュールレアリスムの自動記述法という手法で…云々」などと言われても、それを聞いた瞬間にとつぜん絵が輝いて見えた、とかいうわけでもないだろうしね。「美術って、むずかしそうだし、よく分かんないから」と最初から接触しようとしない人たちを見ると悲しいけれど、その一方で、美術を「近寄りがたいもの」にすべく獅子奮迅と理論武装にいそしんでいる人を見るのは、もっと悲しい。

良い作品もけっこうあったんだけれども…それはまた機会を見つけて。

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