2003.9.09

ボロボロになった人へ

ボロボロになった人へ
リリー・フランキーの「ボロボロになった人へ」という本を買った。

去年の11月、友人の手伝いでとあるバンドの看板を夜な夜な描いていたとき、つけていたラジオから妙におもしろい番組が流れてきた。今日で最終回という、その番組のあまりのおもしろさに、僕らは腹を抱えて笑った。あとで知ることになるのだが、それがリリー・フランキーの番組だった。よほど人気があったのか、4月からレギュラー番組として深夜でまた放送が再開された。僕も折にその番組をよく聞く。共演の女の子、めめたんのセクシーボイスは最高だ。

彼はラジオだけでなく、イラストを描いたりエッセイを書いたりと、とにかく多彩な才能を持っているが、今度は小説だ。しかもけっこうおもしろい。軽いけど。軽いけど、たとえば辻仁成なんかに比べればぜんぜん読める。僕は、いまだにどうして辻仁成のあの小説が芥川賞をとれたのか、理解できない。

最後の長い話は、切なかった。盛り上げ方は、まるで「リトアニアへの旅の追憶」を連想させるような、静かな興奮というか、感動があった。すべてがむなしい、けど生きているといった感覚、あの何とも言えない無力感を、自分も感じているんだなあと思った。

僕は、僕の前であれやこれやと色々並べられても、すべて同じに見える。そのうちのひとつを宝物のように大事にすることができない。だから、そういう人を尊敬する。それは、前から繰り返し言っていることだ。大事な宝物を自分のそばに置くのは当然だが、すべて同じであればそばに置く必要もないわけで。そうしていつの間にかすべてが手の届かない場所にあるような気がして…。
あれやこれやと動くことは、ただ動作しているだけで、目の前にあるものとは何の関わりも無い。空気の揺れが若干届くだけだ。些細なことだ。

リリー・フランキーが今年のムサビの芸術祭に来るらしい。ムサビ出身だからだろうが、なんというタイミングだろう。この機会を逃してはいけない気がする。

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