2003.9.12

ふりだし

頭を使っていないと、脳みそはふやけてしまうだろうか。最近、頭を使わなさすぎたのか、体と脳が分離したような浮遊感を感じる。

そういえば酒も飲んでないし、たばこも吸わなくなったけど、なんていうか脳が自分から離れたところにあるので、そういう欲求がいまいち無いというかね。ふわふわしている。刺されても痛くなさそう。「いや、考えているんだ」という言葉は、なんの物的根拠もないし、比較もできないから、ひょっとしたら考えていないのかもしれない。

僕が読んだ本によれば、ジョナス・メカスも、福田克彦も、撮影したフィルムを作品にするのに大いに悩み、数年間ほったらかしにしていたらしい。たとえば商業的な理由があって、それに間に合わせるためにヤケクソに近いかたちで一日だけで編集仕上げたり、追い詰められて方法論に開眼したりしたらしい。

僕がそういう巨匠群ほど悩んだり考えたりしているとも思えないが、なにもせずふわふわしていても、脳みその端っこのほうで、いつも作品の素材が流れていて、どう切り貼りしたらいいんだろうとどこかで考えている、つもりである。でもそれはある人から見れば、ただ休んでいるだけであろう。だらしないだけだろう。ふいに自分も考えているんだと言いたい時に、その根拠の希薄さに愕然とさせられる。

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