2007.1.28

translate

世の中には、『酒とつまみ』という素晴らしい雑誌があります。タモリ倶楽部で紹介されたりしているアレです。内容は、タイトル通りのもので、そのくだらなさ&味わい深さ&愛おしさは…とにかく読んでみれば一発で分かると思います。

そんな『酒とつまみ』の第9号が先日、前号から9ヶ月ぶりという素晴らしいペースで発売されました。そしてその最終ページに、なにやら、朝日新聞とかイングリッシュアドベンチャーのパロディがあるぞ? そうです。これを僕が作りました。是非、ご購入ください。

『酒とつまみ』のHPはこちらです。

さて武蔵野美術大学の卒業制作展に行きました。

僕のお目当ては、僕の同期で、院生としてビデオ・インスタレーションを出品している志村信裕君の作品。タイトルは「translate」。許可もらって劇写しました。こんな感じです。


僕の同期で、「この人は、このまま作り続けていたら、間違いなく美術作家さんになれる」という人が何人かいますが、志村君はそのひとり。少なくとも出不精の僕に、「この人の作品を見るために遠い遠い小平市の僻地に行こう」という気にさせる。

作品は、大量生産が可能な、身近な工業製品をばら撒く様子を複数のカメラで撮影、それを上の画像のような感じでフラットに展示する。

まず、ばら撒く「工業製品」のチョイスがよろしい。マッチ、洗濯ばさみ、画鋲、1円玉、ホッチキスの芯…などなど身近なものばかり(画像は色鉛筆)。本人がこれをユーモアと思ってやったか分からないが、ひとつひとつニヤリとしてしまう。次は何が来るか、と期待してしまう。こういう仕掛けは、彼の今までの作品には見られなかった部分だ。

しかしそれが積み重なっている様は、非現実的で、それが普段使用している「工業製品」であることを忘れさせてしまう。ここがこの作品の肝だろう。(タイトルの「translate」はここから来ているのだろうか?) …それはあらゆることを連想させた。雪が積もっているようにも、桜が舞っているようにも見える。何かを暗示しているようにも見える。そうでなくてもかまわない。だって、それは、そもそも「工業製品」を振り落としているだけなのだから。このように、いかようにも頭の中で発展していける「想像性のフラットさ」がそこにはあった。

個人的には、その「工業製品」が積もったときの、不思議な質感がよかった。映像というのは確かに視覚・聴覚表現なんだと思うけれど、ヴィジュアルとしてそれが「面白い」と言えるときというのは、そこに触覚とか、嗅覚とか、ビル・ヴィオラがやっていた「時間感覚」も含めて、本来映像では実現できないはずの感覚が表現されているときだ。マッチ棒が積み重なっているのを見て、僕はなぜか藁を連想した。ミクロレベルで、ものの材質と言うのはこういうことだよなぁと思った。触れそうだったので、触りに行こうとして近寄ったが、それはやっぱりまぼろしなのだ。でも、そのまぼろし感が、映像におけるヴィジュアル表現の醍醐味であり、最もおもしろい部分なんじゃないのか。そんなことを思った。

同期がこんなに頑張っている。良い刺激を受けた。

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