生きる展
横須賀美術館
「開館記念《生きる》展~現代作家9人のリアリティ」
4月末に新しい美術館がオープンした。それが、横須賀美術館。三浦半島の先っちょ、観音崎の海辺にそびえ立つ美しい建物そのものに、とりあえず感動してしまった。写真で伝わるか分からないが、一見の価値はあると思う。
近くの油壺(葉山になるのかな?)にも、神奈川県立近代美術館という、なかなかすばらしい美術館がある。館内の大きな窓から、壮大な太平洋を眺められる。その爽快感と、海辺ならではの静けさ。このふたつの美術館には共通点がある。どちらも素敵な展示会場だ。
そこでオープニング記念で行なわれているのが「生きる展」。最初にふさわしいテーマであるし、集められたアーティストのメンバーが、この美術館の方向性が明るいものであることを感じさせる。なにせ、大御所であるヤノベケンジ、石内都、舟越桂。そして新進気鋭の木村太陽、小林孝亘、石田尚志など。ジャンルも世代も幅広く、表現力も卓越したメンバーで、良いバランスだと思う。これに海外アーティストなどを含むとどうなるか。今後、水戸美術館レベルの、品のいい現代美術の展示が行なわれていくことを願っている。
展示場に入ってまず飾られてあるのは、石内都の「傷を持った女性」のエグい写真。最初にこれを持ってくるなんて、「生きる展」のオープニングとしては最高だと思った。キュレーションの力を感じさせられる。対面するのはヤノベケンジ。彼の作品はユーモアに溢れ素晴らしいが、これが最初に来て「生きる」がテーマでは、受ける印象はかなり違ったはずだ。見る人が順番どおり見ていく以上、見せる順番というのはとても大事になる。そういうことが、ずいぶん考慮されているように感じて、好感を持った。
ここに語りつくせないぐらいに、それぞれの作品は良かった。久しぶりに、こんなに素敵な展覧会を見たと思った。「生きる」ということは抽象的な言葉で、制作の題材にはなりやすい言葉だけれども、しかしそれでも、一つのテーマでこれほどの多彩なアプローチをされるとは。一つ一つの作品にうなずいたり、首をひねったり、考え込んでみたり。単純に楽しかった。
僕の大好きなアーティスト、木村太陽は輝いていた。学芸員の頭にビニール袋かぶせて自殺させようとしたり。無意味に展示場の壁をかじってみたり…。(うーん、彼の場合、ちょっとやりたいことかぶってて悔しい)
彼が「生きる展」のメンバーに選ばれたのは、なぜなんだろう? 彼の作品には、何の目的も、思想も、メッセージも無い。ただ思いついたことを、ただユーモアをもって表現していくだけ。あふれ出るアイデア。彼は作品の数がほんとうに多い。以前特別に、彼のエスキース帳を見せてもらったが、そのアイデアの量にはただただ、愕然とした。彼は毎日、新しいなにかを考え、生み出している。そのひとつひとつは小さいが、確かにほぼ毎日生み出していた。それは、汚いたとえだけれども、ウンコをするのと同じに見えた。
以前読んだ「ウンコに学べ!」という環境系の本のなかで、「人はウンコを出さないと死ぬ。だから、ウンコを大事にしよう」ということが書いてあった。人間というのは日々、何かを取り入れ、そして出していく。取り入れるべきものを取り入れないと死んでしまう。出すべきものを出さないと死んでしまう。彼の作品があそこに置いてあったのは、そういうことなのかもしれない。









