黒澤明vs.ハリウッド
黒澤明vs.ハリウッド―『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて
田草川弘 著
黒澤明監督は、真珠湾攻撃を舞台にした壮大な映画『トラ・トラ・トラ』を、なんと日米共同で作ることになった。しかし黒澤監督は、なんと制作途中で、ハリウッド側から電撃解任されてしまう。それは何故、どういう経緯で起こった事件なのか? ということを追った本である。
その答えは、一言で言うと、黒澤監督が発狂して、映画製作どころでは無くなったから、ということになる。
たとえば、撮影直前に白い壁の色が気に入らなくなった黒澤監督は「より真っ白にしたい」と考え、すべての壁の塗り直しを命じるが、スタッフに抵抗されたので、自ら先頭に立って壁を”真っ黒”に塗りはじめた、という事件が紹介されている。もちろんこの黒には理由があるのだが、これを見たハリウッドのプロデューサーや現場スタッフは、とりあえず「コイツは狂った!」と思ったらしい。本著ではそんな事件がいくつも紹介されているだけに、実際、いくらか狂っていたんだと思う。
そもそも黒澤監督は、『トラ・トラ・トラ』は勝利の記録でもなく敗北の記録でもなく、”悲劇”の映画である、と言っている。”悲劇”の定義について、彼はこのように語っていたらしい。
「おそろしい運命が待ち構えている。そのことを知って、避けよう避けようと懸命に努力する。それなのに、かえってその運命に引き寄せられてしまう。これだけはやるまいと苦労していた人間が結局その最も恐れていたことを自分でやってしまう。そのコワイ、コワイ話が、悲劇だ」
これを見ると、この黒澤解任劇そのものが、”悲劇”と呼ぶに相応しい事件だったということが分かる。最初からトラブル続きのハリウッドと黒澤の共同制作だが、やっている本人たちも「このままでは空中分解する」という懸念が強くあったのではないか。それを避けよう避けようと努力した結果、黒澤監督は発狂し、ハリウッド側も映画を壊さないために、監督交代を決断せざるを得なかったのだろう。
本著はただ解任までの道筋が並べられているだけだが、「すべてが解任という運命に引き寄せられている」ということを感じずにはいられなかった。著者も、それを意識して書いていたのだろう。悲劇を描いた映画は面白いし、考えさせられる。同じ理屈で、この本も相当に楽しめる、内容の充実したものだった。
なお、後書きによると、著者は『トラ・トラ・トラ』脚本の翻訳という作業で映画に関わっていた。その時の黒澤明に接していたのである。そうしたことから、著者はこの解任劇に興味を抱き続け、ある種の決意と運命を背負って、この本を書いたのだろう。なぜか、手塚治虫の『アドルフに告ぐ』に出てくる新聞記者、峠草平を思い出した。彼は、『3人のアドルフ』についての本を書く理由について、こう言っている。
「物書きの執念でしてな。しめくくりを書いとかねば わしも心残りでして死ねません」
この本にも、著者の個人的な思いから来る、「物書きの執念」のようなものを、強く感じることができた。彼は黒澤解任が、とても悔しかったのだろうし、黒澤監督の『トラ・トラ・トラ』に、誰よりも期待していた人間のひとりだったに違いない。








